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観光名所(歴史的遺産)

史上の偉人達が立ち寄ったとされる筑後路。
現在でも水田天満宮をはじめ、市内随所でその当時の面影を偲ぶことができます。

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石人山古墳

石人山古墳
筑後市と広川町の境に位置する、八女丘陵の一部を利用して築かれた前方後円墳は、約1550年ほど前に造られたものです。古墳の規模は、全長107m、前方部の幅約63m・後円部高さ12m・直径53mとなっています。古墳のすそを幅約1.5mの周濠がとりまき、その全長は353mにもなります。後円部の石室には、直弧文と重圏文が浮き彫り風に彫刻された家型石棺が収められています。石棺を守るように立つ一体の武装石人から、石人山古墳と名付けられました。

水田天満宮水田天満宮

水田天満宮
菅原道真公を祭神とし、鎌倉時代の初めに建てられた水田天満宮の境内は「水田の森」として、天然記念物の指定を受けています。また、水田天満宮は参道中の石鳥居をはじめ火王水王面や狛犬、獅子頭など県指定の文化財が多数収められている由緒ある神社としても知られています。天満宮の奥には、縁結びや幸福の神様として有名な「恋木神社」もあり、若者の参拝者も多く訪れます。

光明寺の九重の塔光明寺の九重の塔

光明寺の九重の塔
市内津島西の光明寺境内には、県指定文化財である石造九重塔があります。高さ約3m強もある塔は、平安末期に平繁盛により建立されました。また、熊野の坂東寺にも石造五重塔が残されています。

山梔窩(さんしか)山梔窩(さんしか)

山梔窩(さんしか)
幕末に蛤御門の変で破れ、長州の久坂玄瑞などとともに京都の天王山で自刃した真木和泉守保臣が、幽閉中近隣の青年達を集めて思想教育を行った庵のあと(県指定史跡)。「山梔窩」とは、「くちなしの家」という意味で、これは藩政改革を唱えて失脚した和泉守が「口なし」、つまり言わず語らずの意味を込めて命名したと言われています。また、その名の通り周辺はくちなしの木が囲っています。

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